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東京高等裁判所 昭和58年(ラ)328号 決定

抗告人(原告)

甲山強

右法定代理人親権者

甲山偉

甲山花子

右訴訟代理人

大蔵敏彦

高野範城

江森民夫

相手方(被告)

静岡市

右代表者市長

河合代悟

右訴訟代理人

牧田静二

渡邊高秀

相手方(被告)

望月金雄

笹野昌男

青木秀実

右三名訴訟代理人

高野昭夫

右当事者間の静岡地方裁判所昭和五六年(ワ)第二二〇号損害賠償請求事件について、抗告人(原告)は相手方(被告)静岡市訴訟代理人弁護士牧田静二が、相手方(被告)静岡市の訴訟代理行為をなすにつき、異議をのべたのに対し、同裁判所は昭和五八年六月九日これを却下する旨の決定をしたところ、抗告人(原告)は抗告をしたから、当裁判所は次のとおり決定する。

主文

本件抗告を棄却する。

理由

一抗告人(原告)は、「原決定を取消し、さらに相当の裁判を求める。」旨申立て、その理由とするところは、別紙「抗告の理由」に記載のとおりである。

二本件訴訟は、静岡市立安東中学校の生徒であつた抗告人(原告)が、昭和五六年三月五日同中学校の教諭であつた相手方(被告)望月金雄、同笹野昌男、同青木秀実の三名から授業時間中に暴行を受けたことを不法行為として同人らに対し損害賠償を求めるとともに、国家賠償法一条による相手方(被告)静岡市に対し損害賠償を求めるものであることは、本件記録上明らかである。

そして、本件記録によれば、相手方(被告)静岡市は本件において弁護士牧田静二をその訴訟代理人に委任したものであるが、同弁護士は昭和五三年一〇月一二日静岡市教育委員会委員に任命されたものであり、静岡市教育委員会は昭和五六年四月一六日第六回定例会を開催し、「第四六号議案静岡市立安東中学校における生徒指導について」を審議し、森下教育参事兼総務課長から、右暴行事件の概要の報告及び今後の指導にあたる方針についての説明を受け、これを承認したものであるところ、弁護士牧田静二はこれに右教育委員の立場で出席したことが認められる。

ところで、弁護士法二五条四号は、弁護士は公務員として職務上取り扱つた事件については、その職務を行つてはならない旨を定めているが、その趣旨は、弁護士をして誠実に職務に当らせ、その信用及び品位を失わせることのないようにするとともに、当該事件の当事者の利益保護の見地から、弁護士の右行為を禁止することを主眼としたものであるから、その公務員として職務上取り扱つた事件であつても、その事案の処理に実質的に関与していない限り、弁護士として当該事件を受任することは何ら妨げないと解するのが相当というべきである。

ところで、弁護士牧田静二が関与して取り扱つた静岡市教育委員会第六回定例会においては、抗告人(原告)の相手方(被告)静岡市に対する国家賠償法一条による損害賠償請求権の存否について審議し又はその処理について審議したものではなく、ただ、右暴行事件の概要の報告を受け、今後における生徒の指導にあたる方針について説明を受け、これを承認したにすぎないことは前示のとおりであるから、弁護士牧田静二はその受任した本件訴訟事件につき静岡市教育委員会教育委員として取扱つた事件の処理につき実質的に関与したものということはできない。

そうすると、弁護士牧田静二が本件訴訟事件につき相手方(被告)静岡市から訴訟委任を受けその職務を行うことは、弁護士法二五条四号の趣旨に反するものではなく、これを右規定に該るとする抗告人の主張は失当というべきである。

よつて、申立人(原告)の本件異議申立を却下した原決定は相当であり、本件抗告は理由がないのでこれを棄却することとし、主文のとおり決定する。

(岡垣學 磯部喬 大塚一郎)

抗告の理由

一 本件訴訟の被告静岡市の訴訟代理人弁護士牧田静二は、昭和五三年一〇月一二日静岡市教育委員会委員に任命され、以後教育委員の職にある。

二 本件訴訟は、静岡市立安東中学校の当時生徒であつた原告が、同中学校の教諭であつた被告望月金雄・同笹野昌男・同青木秀実の三名により授業時間中、長時間にわたりなぐるける等の暴行をうけ傷害を受けた、いわゆる体罰につき、それを不法として被告らに対し損害賠償を請求している事案である。

三 本件記録によれば、静岡市教育委員会は昭和五六年四月一六日定例委員会を開催し、第四六号議案として、本件安東中学校体罰を議題に供した。牧田静二は教育委員として同委員会に出席し、その審議に加つている。

四 本件訴訟は、同人が教育委員として右委員会に出席し審議をなした同一の事案についての訴訟であるから、同人が弁護士として被告静岡市の訴訟代理人になることは、弁護士法二五条四号にいう「公務員として職務上取り扱つた事件」にあたり、同法にもとづきその職務行為を禁止されているものである。

五 しかるに原決定は、右教育委員会において、「森下教育参事兼総務課長から右体罰事件の概要の報告及び今後の生徒指導にあたる方針についての説明を受けたことが認められる」「しかしながら同弁護士が右立場で前記体罰事件に関与したのは右の程度にとどまるものと認められ、また同弁護士は本件訴訟において右教育委員会を自らの行政委員会とするところの静岡市の訴訟代理人として訴訟行為を行つているものであるから、前記法条の趣旨に鑑みれば、同弁護士の本件訴訟における訴訟行為は、同法条において禁止する職務には該当しないものというべきである」というのである。

六 しかし、静岡市教育委員会は静岡市立安東中学校職員の服務監督権を有し(地方教育行政の組織及び運営に関する法律四三条一項)、かつ、その任免その他の進退につき県教育委員会に対し内申権を有する(同法三八条)。

本件体罰事件は、学校教育現場におけるいわゆる不祥事件であつて、当時マスコミで大きく報道され、市民の関心を呼んだ。

そのようなとき、静岡市教育委員会が開催され、本件体罰事件が議案として上程され、委員会で論議をしたものである。したがつて静岡市教育委員会は右法律により安東中学校の当該教職員に対する服務監督権にもとづき審議することは当然のことであり、また審議をすべき義務がある。

その結果、本件記録によれば、教育委員会は事務当局の報告を「承認」したというのであるから、教育委員会の実質的審理がなされているのである。

このようにみれば、原決定のいうように、同弁護士が関与したのは「右の程度にとどまるものと認められ」とことさらに軽くみることは、事実を誤認したものといわねばならない。

七 結局、静岡市教育委員会が本件体罰事件を起した教職員に対し、懲戒、訓告注意など服務監督上の措置をとつたと発表されたことはない。

ということは、静岡市教育委員会の委員は、事務当局から本件体罰事件の報告を聞いて、それに関与した教職員の行為を是認したということになる。

八 教育委員として本件事件に関与し、このような立場にあつた者が、体罰事件の被害者である原告が学校の設置者である被告静岡市に対し損害賠償の請求をしている本件訴訟で、地方公共団体である静岡市の訴訟代理人となることは、(教育委員をしている)弁護士としてその品位と信用を失墜させることになる、とみるべきである(高松地裁四八・一二・二五判決・判例時報七三七号八二頁)。

九 弁護士法二五条四号は、弁護士の公正を担保し、弁護士に対する一般の信頼を確保するためにあることはいうまでもない。

弁護士が裁判所に協力すべき準司法的な地位にあるという見地から本件をみれば、原決定が、本件につき弁護士法二五条四号において禁止する職務には該当しないとしたのは、法令の解釈をあやまつた違法がある。

右のとおり抗告する。

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